島の唄が聞こえる

 ちょんまげを切った頃である。それまでは、みんな自分の 「技」を競っていたのであって、今の芸術を支えている「コンセプト」という哲学的概念はダ・ヴィンチや 千利休のような異端児しか持ちあわせていなかった。なぜ芸術が生まれなければならなかったのか、それは 今の芸術のようにならないためである。

 つまり、個々の領域であたかも全く違ったことを表現しているように思わせたり、ただ個人的な問題 を独裁者のように人々に押しつける、そんな、狭域的で寛容でないものではなく、「人間」のことを多角的に 捉え、総合的に、何の制約もなく、表現するために芸術という素晴らしい「鏡」は製造されたものである。 人が悲しいわけは、嬉しいわけは、惨めなわけは、幸せなわけは・・・、それはどのような立場にある人に おいても 共通なはずである。そして、その「わけ」をしるための実験が芸術であるはずなのだ。芸術の普遍性とは そんなところにあるように思う。

人が悲しいわけは、嬉しいわけは、惨めなわけは、幸せなわけは・・・、それはどのような立場にある人に おいても 共通なはずである。そして、その「わけ」をしるための実験が芸術であるはずなのだ。芸術の普遍性とは そんなところにあるように思う。

 しかし、いつのまにか「鏡」はぼんやりと曇ってしまった。 今、そこに見えるのは醜く独善的になった個人の個人のための技の世界である。ランドマークホールの 「アートコラボ」は、もう一度、原初的な状態に「芸術」と「表現」が戻るために、行われるささやかな 実験である。ここに関わるすべての人は同じように創造的な状態で、人間が等しく考えなければならない 問題を観客と同じように考え、領域を越えて制作するのである。

  今回は、演出家、小池博史、メディア・アーティスト、インゴ・ギュンター、コンポーザー、 リュウ・ソーラがこの企画に参加し、制作してくれることになった。それぞれ、21世紀の芸術を着実に 準備しているクリエーターである。ここで私たちが見ることになる「羽のない鳥」は、おそらく私たちが 長い間抱いてきた「失望」を刺激するものだろう、とすれば、「鳥」は私たちに彼らが与えてくれる「希望」 に違いない。芸術にひとかけらでも信頼を失っていない人はすべて、ぜひランドマークに集ってほしい。

ランドマークアートコラボ 「島」

開催主旨

この「アートコラボ」は、もう一度、原始的な状態に 「芸術」と「表現」が戻るために行われるささやかな実験である。ここに関わるひすべての人は、同じように創造的な状態で、人間が等しく考えなければならない問題を観客と同じように考え、領域を越えて制作する。
パフォーマンスは「パパタラフマラ」。

プロデュース:伊東順二
作/演 出:小池博史(パパ・タラフマラ)
映像・美術:インゴ・ギュンター
音 楽:リュウ・ソーラ、菅谷昌弘
パフォーマー:小川摩利子 松島誠 鈴木美緒 三浦宏之
       関口満紀枝 中村真咲 佐田恭子
       ささだあきこ
会場:ランドマークホール
会期:1997年 12月19日fri.-21日sun. 

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