麦島芸術都市 ー共生と調和の楽園

 機械文明が地球に到来してから、すでに百年以上の時間が過ぎ去っている。その間、私たちは「ユートピア(ここにない)」を探し求めて、世界のあらゆる地域を開拓し、その範囲を広げ続けている。その結果、地球上にはもはや未開の土地はほとんどなく、たとえ存在していたとしてもその上空にはデジタルやアナログの信号に置き換えられた文明の諸相が飛び交っているのである。かつて、冒険者たちが自らの生命とそのすべての時間をかけて横断した大陸も,今では飛行機の中で安眠をむさぼりながら過ごす半日の旅の距離でしかない。しかも、「東洋と西洋は決して出会うことのない双子である。」とキプリングが言ったことがまるで嘘かのように,と青島ニューヨークで同じ日の昼食を同じ料理でとることも難しいことではないのである。それ以上に、情報はもはや空間や時間のちがいをこえて、リアルタイムに人々の頭脳を結んでいる。自宅の居間に居ながらにして全世界の動きを知ることができることなど前世紀の人々は想像だにしなかったに違いない。

 しかし、このように高度に均質な文明がネットワークされた環境下において、その究極の目的である全人類の幸福が達成されたかと問われると、否定的な答えを提出するほかはない。そればかりか、前世期以前と比較してもその状態が改善されたかどうかさえ疑念を持たざるをえないのが現状である。限りなき破壊と建設の繰り返しの中で、私たちはまだ見ぬ未来を追うあまり過去の豊かな遺産までをも消去してしまったのか、とすれば、その遺産を到達する未来の中で取り戻すことができるのであろうか、いずれにせよ、私たちを取り巻く環境の極端な劣化を見るにつけ、人類に判断のための時間はあまり残されてはいないと感じざるを得ない。とりわけ、長い期間にわたる乱開発の結果ともいえる熱帯雨林の危機や末期的な海洋汚染は、人々の将来への希望や母なる地球の健康すらも奪い去ろうとしているのである。今こそ、私たちはその叡知のすべてを傾けて地上にすむすべての者たちの平和を取り戻し、その楽園を創造し、人工と自然の共生への調和をデザインし直さなければならないのではないだろうか。古より、海浜都市として、その美しい景観と、自然環境から、人々に癒しを与えてきた青島こそ、次世代の中国の楽園を創造するにふさわしい場所なのである。

しかし、今、21世紀の地球を人工と自然の共生の中で楽園に回帰させるという全人類的な責任が問われる時、その回答は単に経済的、機能的効率ばかりを念頭に置くものではなく、住む者の身体的、精神的安全と健全な文化、教育の促進を視野に入れたものでなくてはならない。
今回、麦島地区に構想する「青島芸術都市」は、全世界に先駆けてその回答を実現し、具体化しようとするものである。

 「芸術化都市」、それは狭い範囲の芸術の羅列を目指すものではない。また、伝統や過去のみを追い求めたり、懐かしんだり、逆に、それとの断絶を画策するものでもない。例えれば、よき時代の長安や洛陽のように、その場所において生きること自体が芸術的と思う環境を住む者に提供する都市のことである。青島市におけるこのプロジェクトは人間と自然の共生の中に文化の育成を果たし、同時に、市民のさらなる経済的安定のための新たな基盤を準備することを目的としている。さらに、かけ離れがちな行政と市民の間の建設的なコミュニケーションインターフェースをも設定しようとするものである。それは、浮山南麓、しかも東シナ海に臨む、という豊かな自然の中に広がり、しかも、その環境的、人的資源によって近代的躍進を着々と果たしつつある、「水と緑と詩のまち」青島市であるからこそ可能なものなのである。

 もともと、都市計画の発生の地は中国とペルシャであるといわれている。それを証明するように、古くは日本の京都から現在のニューヨークにいたるまで、中国の古代都市構造を模倣し、繁栄した都市は数知れない。しかし、残念なことに、その多くは機能的には類似していても、その構造の目に見えないコンテンツを忘れてしまっている。それは、中国古来の環境認識である「風水」に表されている、環境と人間の調和に基づいた都市の形成というテーマである。古代中国にその源を持つ世界に誇るこの環境理論は、天文学的な方法によって、幸福な街づくりの具体的な方法を示唆するものである。麦島地区は、その風水によっても理想的な環境にある。私たちはこの偉大な中国の文化的遺産を街づくりの骨格にしつつ、そこに最先端の都市工学とデザインを注入し、21世紀の近代的な風水都市の実現を提案するものである。

龍脈を思わせる浮山何麓に位置し、海に面した美しい麦島街区、そこには、青島市と山東省に固有な素材を使用し、老城地区のイメージにつながるモダンクラシックな外観を持つ建築群が出現する。そして、そこには、建物と建物を結ぶ血液のように、都市的に洗練され、整備された「森」と「水」が点在するだろう。しかし、それは世界中で行われている機械的な植樹計画によるものではなく、周囲の自然の生態系までも考慮に入れた、エコロジカルな実体と、住むものに対する「癒し」の機能を併せ持っている。そこに住む時代をリードする人々は「美」の原点としての自然がそこで機能し、時間的、空間的に生活と同調することを日々見ることによって、一層、情操と文化を高めていくに違いない。そして、子を持つ者は教育における自然の重要性をもう一度思い出すことだろう。そして、都市と自然を織りなすように配置され、それぞれ明確な機能を持つ「水路」と「コミュニティゾーン」はそれ自体が文化的機能と芸術的な価値を持つものであるが、そのような環境の中に、クラブハウスや茶会所といった失われつつある「超世代型」のプレイ・ゾーンを提供する。
豊富な樹木と水に囲まれたヴィラとその背後に控える集合住宅群、両者のギャップを埋めるオープンな商業施設とコミュニケーション施設が一体となって、見るにも住むにも楽しい、環境芸術的な景観を現出するのである。そしてその生活は、龍の脈動のように張り巡らされた最先端のIT設備に支えられ、時代の最先端に生きるものにふさわしい情報環境も提供されるのである。そのような構造を持つ街区こそ、インテリジェントでヒューマンなインターフェースを持った21世紀の「楽園」といえるのではないだろうか。

 オリンピックの開催を控え、地理的にも経済的にも中国東岸の発展の拠点となるべき青島市において、未来への新しい街づくりの姿が実現されることを私たちは願っている。

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