記憶と伝承の未来へーインテリジェント・パラダイス・シティへの試み

都市のパラダイス現象

昨年、「前橋インテリジェント・パラダイス・シティー」で提案した構想の部分的な要素はすでにいくつかの都市計画で実現されつつある。 例えば、福岡の「キャナル・シティー」に突然出現したカラフルな町並みは外観的においても従来の都市景観を一変させながら、商環境やオフィス、文化施設などを複合的に交差させ、そのインフラに大きくインテリジェ ント・システムを導入することで都市機能自体もドラマティックに変身させた。
また、周辺の街区と景観的には特化させてはいるが、交通及び機能的には連結と加速をはかることで都市の分断を回避している。「キャナルシティ」に見られる方法は、都市内に一種のテーマ・パークを導入する、というもので、異次元の街角の創出によって都市に刺激を与えると共に、その異次元性を利用することで革新的なシステムのスムーズな導入を可能にしているのである。もう一つ、注目される都市計画は東京の臨海副都心、通称「お台場」の開発である。

都市博の中止によって、その将来が危ぶまれたこの開発も、現在では東京で最も成功した例に数えられている。総合的な都市計画が存在せず、民間企業の開発の集合にゆだねられる、というまとまりのない形態をとりながらも、活気のある街づくりに成功したのは、東京湾ウォーター・フロントという景観を阻害しない、という基本的合意と、「都市博」という前提が民間企業間に存在していたために、ここでも「テーマ・パーク」的な特化した街区づくりという視点が取られていたからである。
しかし、この街区において、とりわけ重要なのは都心部と湾岸を結ぶ「ゆりかもめ」の存在である。台場街区と同じく、中止された都市博の落とし子であるが、街区全体を救ったのは「ゆりかもめ」であることは多くの人が認めるところである。少なくとも、この新しい都市交通システムの成功は小規模交通システムの新時代を告げるものであったことは間違いない。そしてまたここでも、街区の連結に対しての新しい取り組みの必要性が提案されたのである。

パラダイスに必要なものー伝承と記憶

しかし、注目を浴びている二つの開発には「パラダイス」及び「インテリジェント」という近未来的要素の一部が取り入れられてはいるものの、それ自体が末永く存続するための二つの条件がまだ十分に満たされていないように思える。
それは、伝承と記憶である。
思えば、戦後崩壊した日本の都市を復興させた都市計画の概念的中枢を形成していたのは「断絶」であった。近代主義の結末を急ぐように、その発案者たちが志向したのは地域や民族の過去を消去し、ただ未来へのみの方向性を示した景観づくりであった。その上、いくら志は高くとも、短い時間での成立を急いだために、明治期のような素材や形態に対する十分な配慮が欠落してしまったのである。あえて言えば、戦災の不幸は戦後復興の暴力的な景観破壊によって倍加させられたのである。当時信じられていた近代主義的革新への道が、パラダイスへの断絶を意味していたとは誰も知る由がなかった。私たちは自らの民族の成立の記憶を消去したがゆえに、生活と倫理の判断根拠をなくしてしまったのである。
その悲惨な結果を、現在の日常生活の中で私たちは見続けている。倫理観の欠如した戦後世代。情操を失ってしまった若者たち。伝えるものを否定されたために孤立した老齢者たち。 私たちは今、都市という装置がいかに人間の精神的要素に深く関わっているのかを思い知らされている。

都市のソフトウェア

今回の第二次基本構想において、私たちがもっとも重視したのは精神的なパラダイスの実現のために必要なハードウェアおよび景観の整備である。決して、ハードウェアはソフトウェアとしての精神に先んじてはならない。基礎となるコンセプトは「未来への伝承と記憶」、そして、そのテーマの他地域への伝播である。
前橋市は赤城山南麓、および利根川沿岸という風光明媚で歴史豊かな地点に位置しながら、急速な近代化のために、戦後世代の他の多くの都市のように没個性的な外観となってしまっている。市内には、水量豊かな広瀬川、文化遺産も多くあるというのにそれが積極的に利用されていないことは非常に残念なことである。
前橋市パラダイス化計画において、構想の具体的なケース・スタディ地域である前橋駅北口にも、近代的ビル群に囲まれながらいくつかの伝承の要素を見ることができる。中でも、駅前に位置する上毛倉庫の煉瓦建築は明治維新に大きな役割を果たした群馬絹糸産業の名残をとどめるだけでなく、前橋市全体のイメージ・シンボルとしても有効利用されてしかるべきものである。また駅から遠望できる赤城山とその裾野は日本でもまれに見る景観であるばかりか、町のあらゆる伝承の基盤となるものであると思われる。
そこで本構想の基本である住民の記憶を刺激する外観とインテリジェント・システムのハイブリッド作業において、この両者の要素を積極的に展開することにした。
まず、街区の基点となり前橋市のイメージに大きな影響を与える駅は近代的な構造とユーティリティを兼ね備えながら、パノラミックなビューと、景観を提供するために、前構想書で提案した竹山案と隈案を総合することになった。そうすることによって、現代的な機能をスポイルすることなく、景観の改善と街の記憶の復活を実現することができる、と期待している。そのような性格をより一層顕著に主張するために、緑に囲まれる表層の壁面部分を煉瓦で覆い、機能的にも連結される上毛倉庫との映像的連鎖を達成する。そして、この煉瓦壁は街区のいたるところで繰り返され、前橋市の黄金時代を現代に呼び起こすことになるだろう。そして、その素材感にあふれた色彩は赤城山麓とのランドスケープ的な一体感を創出させるに違いない。

インテリジェントな機能の展開

また、機能においても最新の駅概念を積極的に取り入れ、情報と流通、そして、公共スペースとしてのステーションを強調し、両毛線の中枢駅として存在感のあるものとする。
さらに、ステーションとしての価値と、他地域との有機的な連結、および 街区の観光的資源の増加、というテーマを解決するために新都市交通システムの導入を提案したい。「ゆりかもめ」のみならず、ヨーロッパにおいても最近、再評価が著しい小規模交通システムは単にシティ・コミューターとして活躍するばかりでなく、観光資源として絶大な効果をもたらす。その上、両毛線への乗り入れ、グリーンドームへの延長が実現すれば、新しい街の軸動線が形成され旧商業地区とのスムーズな連結が行われることになるだろう。また、車内での情報システムを利用して、市政において、動く広報、動く文化施設としての役割をもになうことができると信じている。
新都市交通システムによる長軸的な街区の総合と、徒歩による建物のインティメイトな連結が北口構想の二大動線である。
後者においても、基点である駅からの自然な移動を現実のものとするために、けやき通りを挟む二つの施設と駅はスカイ・ウォーク・ウェイにより、接合される。千住博による美しい庭園を通過するこの通路は前橋市への 入り口として、訪れる者の胸を躍らせる部分となることだろう。正面の建造物のうち上毛倉庫は前橋市のランドマークとしてもっとも活用 が望まれるものである。そのためには、極力、パブリックな利用を前提とした再開発を行うべきである。私のイメージの中にあるのは文化施設としての再利用である。
歴史性豊かな外観を利用した美術館、老齢者の社会復帰にも役立つ歴史伝承館(世界初)、生活の記憶を刺激する工芸館(デザイン・ミュージ アム)など、市民の要望の高い施設を組み込むことで利用度の高い街 区の形成が期待できる。加えて、駅左手に計画するコンベンションおよび 商環境施設と地下でつながることにより街区のサーキュレーション効果は 一層高まることであろう。そのために、両方を結ぶ地下には要望が最も高い水族館を建設し、多世代の混交を観客層において促進する。

統一される景観と前橋の復活

駅前の印象の連続を意図して、より一層緑化が計られるけやき通りの地面は煉瓦色のグラデーションが適用される。また、既存のビルの外壁もできうる限り煉瓦系の色彩への変更が望まれる。なぜなら、それは時代の記憶であるとともに、極めて自然になじみやすい色彩であるからだ。 文化軸の延長は、街区内の空き地有効利用のために活用される仮設性のポ ケットパーク(日比野克彦デザイン)と、緑のスカイ・ウォーク・ウェイ、および、前橋市全体が対象の地域ネットとその端末もかねる文化サイン計画が担当することとなる。
大衆フレンドリーなインターフェイスを持つ「前橋ネット」の サテライトを含むパフォーマンス系カルチャー・コンポジットは街区の中心的なスポットとして若い世代の吸引力となるとともに、前橋市と市民の 重要な接触点として期待される。また、このネットは端末サインを通じて 、街区のマネージメントメディアとしての役割も演じることができる。加えて、円滑な市政にも多大な貢献をすることだろう。ハードウェアを凌駕するソフトウェアがあって初めて住民は日常的な満足感を得られるのである。
最後に、忘れてならないのは、「インテリジェント・パラダイス・シティー」の試みは決してこの街区のためばかりのものではなく、「前橋芸術化 都市構想」の一環として、市全体に伝播されるべきものである、という点である。ゆえに、旧商業地区との連結を最優先事項として考慮しなければならない。そのために、17号線にかかる歩道橋を転用し両方向からの利用を踏まえた、イベントパークの建設を提案したい。この単純極まりない構造物を光と音響システムと連動させることによって、市民のソフトウェアの発表の場、あるいは交流の場として活用する。そうすれば、連結部分がもっとも活気のあるスポットとなり、両地区の共存は更なる前橋市の繁栄への序章となるだろう。

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